待宵草

待てど 暮らせど
こぬひとを
宵待草の やるせなさ
こよいは月も
出ぬそうな

こちらはつとに知られている、竹久夢二作詞の「宵待草」
この時期、里山の田舎道をそぞろ歩けば、道の辺に黄色い花の並んで咲いているのを普通に目にすることができる。宵待草、正しくはオオマツヨイグサまたはメマツヨイグサ。

赤とんぼ歌碑
たつの市の赤とんぼ歌碑

竹久夢二は明治17年、岡山県邑久郡(現瀬戸内市邑久町)の生まれ。その5年後、明治22年に、ほど近い兵庫県龍野(現たつの市)で「赤とんぼ」の作詞家、三木露風が誕生している。ちなみに「宵待草」の発刊は大正7年、「赤とんぼ」は大正10年出版の童謡集に収録されたのが初だ。余談だが、私は瀬戸内市のお隣、兵庫県赤穂市で生まれ、高校1年を龍野高校に通った。三木露風が1年を過ごした、旧制龍野中学校だ。

鈴木三重吉が創刊した児童雑誌「赤い鳥」を中心とした「赤い鳥運動」の中で生まれた童謡は、言葉の芸術的な美しさからそれまでの唱歌とは一線を画す歌として、大いに評判を得ることとなった。

「赤い鳥」に掲載された詩はあくまで子供を育むためのもので、格調高く芸術的でありながら平易でわかりやすい。ともすれば子供の歌ということで扱いがぞんざいになったりするのだが、丁寧に紐解いてみるならば、いろんな学びがあることだろう。人口に膾炙した歌ばかりなので、さまざまな思い出をお持ちの方も大勢いらっしゃることと思う。
歌にまつわる物語は人それぞれ。リズム音楽で体操するのも一つだが、一曲を通して互いに語らってみるのもよいのでは?

またまた余談だが、「赤とんぼ」の歌詞で以下の一節は最近では歌われないらしい。

十五でねえやは 嫁に行き
お里のたよりも 耐えはてた

そういう時代があったことを知るよすがにもなると思うのだが、わからない、知らない、現代に合わないからと省略することに何の意味があるのだろうと思ったりもする。

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